東山魁夷画伯が「京都を描くなら、今のうちですよ」と、親交のある川端康成から勧められたのは、北欧へ向かう準備をしていた昭和36年のことでした。それは川端が『古都』執筆中の頃のことです。その旅が終わり、北欧風景作品の発表後、画伯は京都を描くことを決心しました。ちょうどそのころに、皇居新宮殿の壁画の依頼を受けました。 のちに《朝明けの潮》を題して昭和43年4月に完成したその作品は、画伯の代表作の一つであり、京都への深い関心から、日本美へ傾倒していく中で生み出されたものでした。そして同年11月、《朝明けの潮》の下図などとともに「京洛四季」の展覧会が行われました。翌年ドイツ・オーストリアへの旅行をめぐり、昭和46年に「古都を描く」を発表。昭和48年から唐招提寺御影堂障壁画の制作に取り掛かり、昭和50年に《山雲》《濤声》を完成させました。この間に「白い馬の見える風景」展を開催。実にこの10年ほどの間に画伯を代表する数多くの作品が発表されており、精力的な活動とともに、日本美への関心の深まりが感じられます。 本展では、「京洛小景」として発表された作品のうち9点と、奈良を描いた版画作品を展示しています。多年にわたり京都を訪れ描いたスケッチをもとに制作された作品から、画伯の眼に映った古都の美へのまなざしを感じていただければ幸いです。